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栄永北京からロンドンまで、2008年から2012年はどんな4年間だったんですか?

三宅北京での失敗を反省して、ダメだったところを箇条書きに書いたりして、とにかく2012年のロンドンは悔いなく迎えたいと思ってました。すべてやりきってやり尽くして臨みたいと思っていて。 でもその4年の中で、(ロンドンで)戦うだけの記録をちゃんと残すことができて自信を持って臨めたので、メダルを獲れたのはすごく嬉しかったですね。

栄永ロンドンを集大成にしようっていう意識はあったんですか?

三宅その先もやりたいっていう気持ちはありました。でもリオに出場できるという保証はないので、これが最後だと思いながらやらなければそこで限界をつくってしまってダメかなと思っていました。先に目標はあるんですけど、でもこれが最後だという気持ちで挑みたいと思っています。これはいつもオリンピックへの心構えにしてますね。

栄永そしてロンドンで銀メダルを獲って、メダリストとしてすごく注目されたわけじゃないですか。メダリストとしての、次のリオまでの4年間というのはどういう4年間だったんですか?

三宅ロンドンは26歳で迎えて、リオは30歳で迎えたわけですが、この4年間って体力的にもかなり変化がある時期だったので、以前は若さや勢いがあったので記録も伸びてたんですけど、そこを維持することって難しかったです。怪我もしましたし人間関係で悩むことが増えてきたり、悩みがちょっと変わってきました。でも自分にとって、「あとちょっと、あとちょっと」と思いながらやってきて、リオでギリギリ結果を残せたんですけど、2大会続けてメダルを獲ることって難しいんだなって、終わってみて気づきました。

栄永北京からロンドンとロンドンからリオまで、同じ4年間ですがどっちが苦しかったですか?

三宅12年(ロンドン)から16年(リオ)が一番しんどかった4年間だったと思います。いいときがまったくなくて、2011年から5年くらい記録がずっと伸びてない状態で、結局(記録が)元に戻らないまま迎えたオリンピックになってしまいました。実際オリンピック前も50/50(フィフティーフィフティー)かなっていう状態でもあったので、でも16年間やってきた経験値っていうのもあって、いろんな人たちにバックアップしていただいたおかげで、あの舞台で(力を)出し切れたのかなと思ってます。

栄永僕はどうしてもリオの舞台を見に行きたくて、行っちゃったんです(笑) 宏実さんがメダルを獲る瞬間、実はすごいパワーを送ってたんですよ!

三宅ありがとうございます。

栄永(会場に)行くって言うのを伝えるのは絶対やめようと思ってたんです。

三宅前もって栄永さんが来ると知っていたら、(会場の)どこにいるか絶対見たかったです。 まさか会場に足を運んでくださると思っていなかったので、来てくださったことを聞いたときは、すごく嬉しかったです。

栄永めちゃくちゃ叫んでましたよ、 「いけー!」って言って(笑) ずっと応援はしてるんだけど、正直(メダルは)きついかなーと思っていたんですよね、あのときは。でも最後に(バーベルを)上げた瞬間のことを思い出すといまだに鳥肌立ちますけど、あれはなんでしょうね、なんで上げられたんでしょうね。

三宅国際大会であんなに会場が沸いて応援していただいた試合って初めてだったので、すごく嬉しい気持ちでした。栄永さんの思いだったり、他の皆さんのご声援がきっと自分の魂に火をつけていただいて、最後は“上げてくれたんだな”と思って。これがオリンピックの力なんだなと思いました。

栄永リオの人も宏実さんをすごい応援してたし、あんなに盛り上がったオリンピックって珍しいなって思いました。

三宅そうなんです。初めて経験したのですごく嬉しくて。 2020年はいろんな方が国を越えて選手に応援ができる東京オリンピックになったらいいなと、ちょっと思いました。

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